2007.10.27

定本 北八ッ彷徨

">定本 北八ッ彷徨
今日は朝から一日雨。
雨の日は何もしないでじっくりと山の本を読むのがいい。
雨音を聞きながら読む本には山口耀久氏の「北八ッ彷徨」などは最高です。

今夏、ひょんなことから娘と一泊二日の北八ツの山旅をたのしみました。
久しぶりにあるいた北八ツの苔のやわらかな感触が忘れられずに「北八ッ彷徨」を再読しました。

題名にもなっている「北八ッ彷徨」自体は22ページの短編です。
短い文章ながら、何ものにも縛られない著者のみずみずしい感性が文章全体に溢れています。
ほんのちいさな事象にも目をとめて、ゆたかな観察眼で文章にしるす力には脱帽します。

それにしても著者が北八ツをこよなく愛し彷徨した時期は1950年代。
その頃の北八ヶ岳にはほとんど人が入らない状況だったことは本書から容易に想像できます。

11の短編で構成されている本書に共通するキーワードは?
焚き火、無数の星空、鉈目、探検、・・・でしょうか
どれも今の北八ツではなかなか体験できないものばかりです。
焚き火は禁止となり、無数の星空はナイタースキー場で消え、鉈目は赤テープに変わり、探検する余地はなくなりましたから。
パイオニアとしての特権なのかも知れませんが、なんとも羨ましい体験の数々です。

ところで、森林高地としての北八ツ主稜部だけでなく、佐久側に果てしなく広がる山麓にも著者の目はやさしく注がれています。
本書に「美しい山村集落」としてえがかれている五箇(ごか)集落が現在どのように変貌しているのかも興味深いものです。
北八ツ黎明期、森の高地の物語を貴方もぜひ心の中で想いえがいてみてください。

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2007.09.22

クライマーズ・ボディ

クライマーズ・ボディ登山、とりわけクライミングをやっていれば誰しも故障のひとつやふたつと付き合う羽目になります。
かくいう小屋番Nobも肩痛を痛めてからもう4年ほどになりますか。
正確に何年前から痛み出したのかよくわからなくなってしまいました。
最近はもともと持っていた腰痛も再発してしまい、秋の彼岸の3連休だというのに今日は病院、明後日は整体治療と別の意味で忙しい日々を送っています。

いまお世話になっている山の会はクライミング中心の会です。
それなのにクライミングができないということは在籍する意味がないので、最近は引き際(退会)を何時にするかと考える毎日。
育ち盛りの男の子が体育の時間を見学で過ごすようなもので、精神衛生上非常によろしくない。(笑)

今回紹介する本は発売されてすぐに購入したのですが、内容が少々難しいためすぐにほったらかしていたものです。
ところが、最近は肩痛が日常生活にも不便をきたすほど深刻になってきたので、もういちど本棚から取り出して本気で読み返してみました。

「溺れる者は藁をも掴む」で、真剣に読むとこれがなかなか面白いのです。
著者は二人。有名クライマーと「登る整形外科医」の異名をとるクライマー整形外科医の共著です。
この本を読むと著者も含めておびただしい人達が故障と向き合い、それを乗り越える努力を続けてきたことがわかります。
故障にならないための日頃のボディケアと不幸にして故障になってしまってからの対処法が論理的に書かれています。
クライミングに故障はつきものと考えれば気も楽になるし、失いかけた希望も少しは取り戻すことができるというものです。

腰痛、肩痛にはかなり耳年増になっている小屋番子ですが、再読してみて再びきちんとした治療を受ける気になり、MRI(磁気共鳴画像装置)を再受診してみました。
機械の進歩もあるのでしょうが、今回の診断画像にはインナーマッスル(肩腱板)の一つである棘上筋の損傷がはっきりと映っていました。

故障部位はある程度わかったので、あとは地道にリハビリを続けることになります。
医者から完治は難しいと言われましたが、とりあえず日常生活への支障をなくすことと、せめてグレード5.9程度のクライミングに復帰できるようになりたいですね。
それまではクライミングは封印です。
そんな気にさせてくれた本書を故障モチとして推薦します。

クライマーズ・ボディ

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2007.09.04

遠き雪嶺

遠き雪嶺日本人によるヒマラヤ遠征というと真っ先に思い浮かぶのが1956年(昭和31年)のマナスル初登頂が挙げられます。
世界に14座しかないヒマラヤ8000m峰の一角に日本人が初登頂したということで、これがヒマラヤにおける日本人初登頂と勘違いしている人は多いと思います。

しかし、それよりも20年も前の1936年(昭和11年)10月5日に日本人によるヒマラヤ未踏峰の初登頂が成し遂げられたことを知る人は少ないのではないでしょうか。

山の名前は、ナンダ・コート(ナンダ・コット)。
インド・ガルワールヒマラヤにある6,861mの未踏峰でした。
当時、ネパール、チベット、ブータンは鎖国状態であり、他のヒマラヤ山域も現在とはまったく異なりきわめて入山が難しい状態でした。
そこで、選ばれた山域が当時イギリスの植民地で入山が比較的容易だったインドヒマラヤでした。

本書は、未踏峰ナンダ・コートに挑み、見事に初登頂の栄誉をつかんだ立教大学隊の物語をドキュメンタリータッチで描いた大作です。
史実にそって書かれていますが、そこは小説の世界です。
フィクションも織り交ぜながら飽きさせないで一気に読み終えることができました。

多少とも登山を知るものにとって一番の驚きは、今から70年以上も前、登山技術も登山装備も現在とは比較にならないくらい劣悪な条件下で、しかもヨーロッパアルプス経験もなくいきなり日本の冬山から氷河のヒマラヤに挑んで成功させたという事実です。

読み進んでいけばわかりますが、雪山必携のオーバーシューズも全員分用意できなかったことや6人パーティーで30mの麻ザイルが1本だけで行動するなど、現在では考えられない装備・方法で果敢に挑んでいるのですね。
もちろんアイスバイルなどもありませんからダブルアックス技術などは存在せず、前爪の無いアイゼンをつけてピッケルで一歩一歩足場をカッティングしながら登っていきます。

さまざまな事態に遭遇しながらも、つねに沈着冷静だった堀田隊長の下で全員が力をあわせて目標に向かってぶれずに行動する様は感動的です。

そして、時代背景にも注目です。
1936年2月26日には有名な2.26事件が勃発し、時代は大きく戦争へと舵を切ることになります。
暗い世相にあって、「山登りとは何ごとだ!」といった批判を一部では受けながらも青春を山にかけた青年たちの揺れ動く心情にもスポットライトが当てられています。
初登頂の翌年、1937年には満州事変が起き、その後日本は太平洋戦争に突き進んでいきますが、戦前のワンチャンスを見事にとらえた反面、ヒマラヤ初挑戦初登頂というせっかくの大成果が次に続く若者たちに伝承されなかった悔しさも同時に描かれています。

遠き雪嶺(上) (角川文庫)ナンダ・コートの経験が受け継がれて大輪の花を咲かせることができたのは20年後のマナスル初登頂でした。
戦争と戦後の混乱期が20年の空白を作ってしまったのですね。
登山の進歩に平和が欠かせないということを強く感じた小説でもありました。

著者の谷甲州氏はご自身が7000峰登頂の経験をもつだけあって、他の著作もふくめて登山の描写は他のだれよりも細密で優れていると思います。
ぜひご一読を。

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2007.05.24

激しすぎる夢

激しすぎる夢―「鉄の男」と呼ばれた登山家・小西政継の生涯
小西政継さんとはかつて一度だけお話ししたことがあります。
山の仲間達と「山岳映画と講演の夕べ」なる企画をたて、講演者として来ていただいた時のことです。
どんな怖い人だろうか、とビクビクものでしたが、素顔の小西さんは笑顔の素敵な好漢だったのを思い出します。

彼の生涯と最後の山となったマナスルで何が起きたのかを克明に描いた作品が「激しすぎる夢」です。
長尾三郎氏のノンフィクション作品です。
マナスルに消えた1996年から5年後の2001年に書かれた本書を初めて読みました。

「激しすぎる夢」という題名のとおり、彼の前半生のうち青年期は、マッターホルン北壁・エベレスト南西壁・グランドジョラス北壁に果敢に挑戦し、日本の登山界に小西ありとの名声を確立しました。

それに続く壮年期は、山学同志会のリーダーとしてジャヌー北壁・カンチェンジュンガ北壁・チョゴリ(K2)北稜などに数多くのクライマーを挑戦、そして登頂させることにより世界的なスケールの登山を次々と実践してきました。

一転して40歳代には自ら起業家として登山界に関わっていきます。
家族愛を大切にしながらも猛烈な勢いで仕事に向かい、ある程度の成功をおさめた時点で、再び登山に向かう決意を固めます。

彼が初めて8000m峰に登頂したのは意外にも1994年、55歳になってからです。
しかも酸素を吸って、シェルパを雇ってのフツーの登山。
若い頃の彼の激しい登山観を知る人から見ると意外な感に打たれますが、そこが彼の柔軟でしなやかなところなのです。

「今、俺には無酸素でエベレストに挑戦した昔の力はないんだからさ。でも、酸素吸ったらまだまだ登る力はあると思っている。自分の好きなやり方で登ればいいんだよ。」

ベースキャンプから毎日のように発信する家族へ宛てた手紙。自宅のすぐそばを仕事場に選んで家庭での時間を大切にする毎日。
家族との太い絆で結ばれた交流風景が、人間小西の懐の深さと優しさを証明しています。

最終章では、マナスルに消えた最後の行動にスポットを当てています。
結局、彼の他人に対する優しさが自らの遭難につながっていった過程が克明に描かれており、なんともやりきれない幕切れとなっていきますが、最後まで他人には優しく自分には厳しい面を貫いた男の中の男だったんだなと思いました。

ここまで書いてきてふと思ったのですが、山学同志会時代の妥協を許さないきびしい姿勢。事故はすべて自己責任として会としての山行自粛もしなかった姿勢というのも、もとをただせば「個」の力を強くしたい、「個」を強くすることで生き抜く力をつけていってほしい、という「優しさ」の裏返しだったのかもしれません。
戦後最高の登山家という側面だけで評価するにはもったいない程の魅力あふれる人物です。

6年前の作品ですが、ぜひ一読をお勧めします。

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2006.12.07

実戦!オールラウンドクライミング

実戦!オールラウンドクライミング―バリエーションの世界へ今年の4月下旬。
著者の廣川健太郎さんと山でお話しをする機会がありました。

そこでの話として「近いうちにバリエーションの入門書的な本を出す予定なんですよ。今までの本よりももっと裾野の広いものを考えています。」といった内容でした。
それが今回刊行された「実践!オールラウンドクライミング」だったのですね。

私自身の経験からいっても、クライミングやバリエーションルートに興味があっても、身近に良い指導者がいない場合はなかなか一歩前に足を踏み出せないものです。
一読してみて、本書はそうした悩み多きバリエーション指向登山者に最適の一冊であると自信をもって言えます。

著者あとがきでも書かれているように、ビギナーからステップアップ中の立場とリーダーの立場、両方の視点を織り交ぜ、入門から中級レベルに到達するまでのひと通りが学べるように工夫されています。

全部で6章から構成されていますが、それぞれの章でステップアップのためのテーマが決められており代表的なバリエーションルートのガイドを織り交ぜながら、それぞれのテーマに沿った技術や手法を豊富なイラストと写真により解説しています。

ビギナーにとっても素晴らしい教本に仕上がっていますが、中級レベル以上の人が読んでも、これまで身につけてきた技術の再確認や自分の知らない新しい技術に触れるチャンスを提供してくれています。

かく言う万年若葉マーク付きの小屋番子にとっても、今さら人に聞けない基本技術を本書でこっそり確認できるので重宝しています。(^^;

随所に散りばめられているコラムも著者自身の経験に基づくもので、失敗例もふくめて率直に書かれたものであり、共感をもって読ませてもらいました。

内容の濃さといい、目標にできる31本の好ルートガイドといい、良いことずくめの本書ですが敢えて不満を言わせてもらえば「活字がやや小さい」ことでしょうか。
中年クライミング愛好者もたくさん読むことを考えると、この大きさはちょっとなあ・・。

実戦!オールラウンドクライミング―バリエーションの世界へ

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2006.11.17

静かなる尾根歩き

静かなる尾根歩き先日、久しぶりに室内壁でクライミングの練習をしました。
右肩を痛めて以来、室内壁でのクライミングは負荷がもろに掛かるのでできるだけやらないようにしていました。
しかし、会の中での「つきあい」もあるのでなかなかそうもいきません。
今回もたった1時間のクライミングでしたが、その後3,4日間続く肩痛というお返しが待っていました。

肩に強い負荷のかかるクライミングは、そろそろ年貢の納め時なのかも知れません。
そんな時に出会ったのが本書です。
新ハイキングクラブのホームページで知り、さっそくネットで購入しました。

著者の「まえがき」にはこうあります。
「・・山では力むことも、激することも不要であり、平常心をもって静かに歩きゆく。このことを守れば、体を痛めることもなく、山遊びを末長く続けていけそうです。年齢に逆らうことも不要であり、疲れを知らず、どこまでも歩いて行けそうな気持ちになります。それは人生にも通じているように思えます。・・」
この部分を読んだだけで、この本の価値の高さを感じました。

著者は新ハイキングクラブの会員として、およそ25年にわたって踏み跡程度しかない静かな尾根歩きを楽しんでこられた方です。
年齢が私とほぼ同じということも、この本に親近感をもった理由のひとつです。

本書をめくると、私好みの藪山、藪尾根のコース紹介がぎっしりと詰まっています。
奥多摩から八ヶ岳まで100コースとありますが、派生コースを併せると140コースになるそうです。
随所に挿入されている略図も雑誌「新ハイキング」そのもので、分かり易いものです。
紹介されているコースの中には小屋番子自身もトレースしたコースもいくつか含まれていますが、その多くは初めて目にするものでした。

藪の薄くなるこれから来春までの数ヶ月間、本書を手元におきながらあれこれとハイキングのコース選定の楽しみが生まれそうです。

静かなる尾根歩き―奥多摩から八ケ岳まで100コース

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2006.08.01

日本の登山家が愛したルート50

日本の登山家が愛したルート50以前、「岳人」誌で連載していたリレー連載「マイフェイバリットルート」を単行本化したものです。
岳人は定期購読していないので今回まとめて読むことができました。
世界各地の山々や岩壁を登ってきた日本の代表的な登山家が50人、ずらりと勢揃いしています。
不肖小屋番も山を歩きはじめて40年近くになりますが、もちろんここに紹介されている50人を全員知っているわけではありません。

この本ではじめて知った人もたくさんいます。
そんな中の一人が木下徳彦さん。
彼のマイフェイバリットルートである「北アルプス・称名川下ノ廊下溯行」のページは読んでいてゾクゾクしました。
立山室堂平から至近にある「称名滝」。この滝が日本最大の高差を誇ることは知っていましたが、その奥に連なる「下ノ廊下」が人類未溯行だということは初めて知りました。

それからもう一編。
茨城の本図一統さんによる「剱沢大滝」もワクワクする内容でした。
「もし今回戻らないようなことがあったら後は頼む」と妻に告げてきたとか。うーん。この自分勝手さがすごい!

さて、紹介されている分野はボルダリングから冬季アルパインクライミングまで5つのジャンルからと多彩です。
たった4,5mの石ころに宇宙を見ているクライマーから限界ギリギリの冬季継続登攀まで、人それぞれのマイフェイバリットルートが個性的に語られています。

ところで、本書のトリをつとめているのはもちろん山野井泰史氏。
彼のマイフェイバリットルートは???
この章も必見です。ですから最後まで読んでくださいね。

日本の登山家が愛したルート50

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2006.05.12

北アルプス この百年

416660347709_ou09_pe0_scmzzzzzzz_会社の先輩から「これ、面白いから読んでみたら」とありがたく頂いたのが本書との出会いです。

北アルプスの何が「百年」なのかというと、2005年は北アルプス最初の営業小屋である白馬山荘が創業してからちょうど百年なのだとか。
ちなみに、日本山岳会も2005年で創立百年を迎えたことは、記念切手も発売されたし記憶に新しいところですね。

さて、本書は北アルプスにある山小屋のルーツを辿りながら、主に地元サイドの視点で登山史の一端を眺めたものとして興味深いものです。
近代アルピニズムの風が吹き抜けるずっと以前、江戸時代よりもずっと前から、北アルプスの山々をとりまく集落の人々の深い営みの歴史があったことがよく描かれています。

高山の奥にまで入り込んで、生きるために「密漁」「無断伐採」を繰り返してきた村人たち。
彼らは、地図を作った陸地測量部員たちや都会からきた登山者たちに対しては「山には登るが岳(たけ)へは登れねえ」と語り、真実を明かさなかったという。

ゆえに、近代登山の草創期に活躍した岳人たちは、自分たちの記録をあたかも初登頂の記録として残した。そんな「外から作られた登山史」が登山の「正史」となったようです。
なんとも皮肉なエピソードですが、案外そんなところだったのかも知れません。
何しろ剱岳の山頂に奈良時代末か平安朝初期の錫杖が見つかったくらいですから。

ちなみに著者は1964年長野県岳連によるギャチュンカン登山隊員で、信濃毎日新聞社に長く勤めているジャーナリストにして根っからの山男です。

北アルプス この百年

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2005.11.07

凍沢木耕太郎の「凍」(新潮社)を読みました。
山野井泰史、妙子夫妻がヒマラヤの高峰ギャチュンカン(7,952m)に挑んだ登攀の様子を描いたノンフィクション作品です。
初出誌では「百の谷、雪の峰」という題で掲載されたのを改題したものです。
ギャチュンカンはチベット語で「100本の川の源流となる、雪の山」つまり「百の谷、雪の峰」という意味だそうです。それだけ、奥深いアプローチの遠い難峰なのでしょう。

ギャチュンカンという山を初めて知ったのは、じつは山野井夫妻の登攀ではなく、もっとずっと以前のことだったような気がします。
たしかギャチュンカンの初登頂は日本隊(長野県岳連?)であり、その苦闘の初登頂までを描いた記録映画を観た時だったと記憶しています。
それ以来、ギャチュンカンは私の記憶からまったく離れていたのですが、3年前、山野井夫妻の北壁からの決死の生還劇で再びこの山のことが甦ってきました。

最初の1ページを読み始めてからは一気にこの本の虜になりました。沢木氏のノンフィクションは初めて読みましたが、今回の登山の壮絶さを的確に伝えていて、読む人々を高所厳冬の北壁の世界に没入させてしまう文章力に脱帽しました。
まったく登山知識のない人が読んでもよくわかるように書かれた登山用語や確保システムの解説、夫妻が登山に至る経緯、そして核心部分の登攀の描写のどれもが正確できめ細かく描かれています。
(その反面、登山知識のある人には少々じれったい部分もありますが。)

客観的な描写に徹する筆致ゆえに、北壁登攀の凄絶さが見事に伝わってきます。
彼らは7000mを超える高所で6日間にわたって苦闘し、奇跡的に生還しました。重度の凍傷を負い、夫は手足合わせて10本、妻は両手指10本をすべて失ってしまうほどの、まさに死と紙一重の生還だったと言えます。

さて、この本で初めて知ったのですが、山野井夫妻は数々のヒマラヤ登攀で一度もゴミを残してこなかったそうです。
しかし、今回の凄まじいまでの生還劇で初めてテントその他の装備を置いてきてしまったとか。
凍傷の治療から退院した年に、その忘れ物を取りにギャチュンカンのベースキャンプに戻った彼らの姿勢に心からの敬意の念を覚えました。

ちなみに、表題の「凍」とは、圧倒的な「凍」の世界で、全力を尽くして「闘」することを続けた彼らには、これ以上の言葉はないからだと後記に述べています。

身体障害者の障害度(肢体不自由)2級の妻と6級の夫。
夫はこの夏、中国ポタラ峰北壁の初登頂に見事成功しました。


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2005.08.18

灰色の北壁

灰色の北壁真保裕一の最新作です。
といっても春先に出たので「最」は付かないかも。
なにしろ図書館で借りて読んでいるのでどうしても最新作は順番待ちになってしまいます。

真保作品で有名なのはもちろん「ホワイトアウト」。
以来10年ぶりの山岳を舞台にした作品です。私としては「待ってました!」だったのですが・・。
表題作の「灰色の北壁」をはじめ中編の全3作品が収録されています。
いずれも味わい深い作品でした。
特に表題作である「灰色の北壁」はよかった。
ヒマラヤの高度差3000mにも及ぶ未踏の北壁を単独で登頂したある天才クライマーのお話。
単独で登頂した時に必ず出てくる疑惑。「彼は本当に登ったのか?」
疑惑と糾弾の中でじっと沈黙を守り、そして逝ってしまった主人公。登頂時の「証拠」写真に隠された秘密。
山岳ミステリーというカテゴリーに入る作品なのでしょうが、根底には深い人間愛が描かれていて読後に感動がじわっと伝わってきました。

1作目の「黒部の羆」も良かったです。
富山県警山岳警備隊の献身的な救助活動をタテ糸に、人間のエゴ、自己中心の心象風景がヨコ糸に織り込まれているように感じました。
現在と過去が巧みに交錯していて、タイムパラドックスの趣向が施されています。「時間酔い」にはまってしまいましたが、読み終わってみれば何故かさわやかな印象に包まれるお話でした。

最後作の「雪の慰霊碑」もなかなか丁寧に描かれた作品でしたが、登場人物がやや多くそれぞれの人物像を描くにはややもの足りない感じがしました。
中編小説って紙面に限りがあるためにどうしても深く掘り下げるには限界があるのでしょうか。
それでも春山の縦走場面は臨場感があって楽しく読み進めることができました。

この3編の中では「灰色の北壁」が出色の作品だと感じました。
「神々の山嶺」(夢枕獏)と同様に読者にさまざまな想念を抱かせてくれる作品なので、もう少し長編になっても読み応えがあるはずだと思うのですが…。

灰色の北壁

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2005.01.26

ドキュメント 雪崩遭難

ドキュメント 雪崩遭難「雪崩が起きるとは思わなかった」
「そこで雪崩が起きたことがない」
・・・この二つの言葉を私たちは禁句にすべきだ。

上記は本書のあとがきにある一節である。
先日の雪崩講習会の前後にかけて読み終えた。
こんなことを書くと不謹慎だと思われるかも知れないが、誤解を恐れずに言えば「ぐいぐい引き込まれる魅力ある」本だった。

恐ろしい雪崩遭難の実例を検証、事故の実態を克明に記している。
1997年から2002年までの間に起きた8件の雪崩事故を取り上げている。雪山登山、スキー、スノーボードなどタイプ別に、雪崩の発生、捜索救助に至るまでの経緯を生存者や救助者の生の声をもとに再現している。事故の原因と対策を検証する。

8件どこからでも読み始められる。
一番最初に目を通したのは5ケース目に描かれた剱岳・早月尾根上の雪崩事故。安定した尾根上から一瞬にして5人の登山者が池ノ谷に消えた。
なぜ?どうして?
それまで尾根筋ならまず雪崩は大丈夫と漠然と考えていた自分だったが、このケースを読み進むうちに頭を思いっきりなぐられた感じがした。
原因は、あられの弱層に載った上載積雪が8人の登山者のインパクト(人為的刺激)に耐えられなかったことによる。尾根筋を普通に歩いていても、ちょっとしたルートどりの悪さから生と死が分けられる残酷さに背筋が寒くなる。

本書に紹介されている、ある大学教授の指摘を引用する。
「雪崩発生の危険は、弱層の強度とその上に降り積もった積雪重量と人為的刺激の強度の兼ね合いである。・・・弱層テストの一番の目的は、弱層の有無とその強度を調べること。・・・」
これから登る斜面に少しでも不安があれば迷わずに弱層テストをしよう。

また、各事故ケースの末尾には「教訓」が記されている。
・弱層テストは必ずおこなう。
・セルフレスキューには雪崩ビーコンは不可欠である。
・一人一人間隔をおいて行動する。
・不幸にして雪崩に巻き込まれたら、最後まで生きる望みを失わずにあらゆる努力をする・・・等々
逆に言えば、それらをきちんとやっていれば救えた命もあったということ。
ケースによっては三種の神器(ビーコン、ゾンデ、シャベル)を所持していても家に置いてきたとか、ビーコンを持っていてもスイッチが入っていなかったなど、悔いの残る実例も意外なほどあることに驚く。

雪崩を防ぐには雪崩の科学的知識を謙虚に学ぶことと登山経験を重ねること。この二つをバランス良く高めていくしかないと思う。そのどちらかが不足していても危ない。

最後に本書にある唐松岳・八方尾根スノボー遭難事故の遺族であるニュージーランド人の母親の言葉を引用したい。
「もし、雪崩ビーコンをつけていたら息子は発見されるチャンスがあったと言われました。バックカントリーに行くなら雪崩教育を受け、雪崩ビーコン、シャベル、ゾンデを持ってほしい。これらの装備は700ドルあればそろえられる。・・・子供たちの命の値段はいったいいくらですか?」

ドキュメント雪崩遭難

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2004.06.16

垂直の記憶

垂直の記憶―岩と雪の7章今、初めてすべてを理解できた。クラックはない。黒いシミがクラックのように見えたのだ。
(中略)
「妙子、クラックがなかった。クラックが…」
「下りるの?」
「ああ、敗退だ」
「疲れているんだから、ゆっくりね」
「ああ、悔しい」
「仕方がないじゃない」
「ああ」

「垂直の記憶」はあの山野井泰史の本です。
題名に惹かれて読んでみました。

7つの章に分かれていますが、9つのクライミングシーンで構成されています。
すべて、ヒマラヤでの実践を記録したものです。
12年間に18回も挑戦しつづけたヒマラヤの高所登山の中から著者自らが選んだ記憶に残るクライミングを著したものです。

印象的だったのは9つの記録のうち敗退したシーンが3編入っていたことです。
冒頭に紹介したのも敗退の一つ、メラ・ピーク西壁の一シーンです。
余分な形容詞を一切排して、その時自らが置かれていた状況を淡々と綴っています。
そこが読むものの心にすーっと入り込んでくるのでしょうか。

妙子夫人との強い絆も全編を通じて貫かれています。
圧巻は何といってもギャチュンカン北壁の成功と直後の遭難からの生還劇でしょうか。
鍛え抜かれた強靱な身体をもってしても、避けられない自然の猛威。死の淵に何度も遭遇しながらの生還に、ページをめくるたびに鳥肌が立ってしまいました。
ザイルを結び合わなくてもお互いを信じ合って窮地を脱した二人の物語に心の底から感動しました。

山野井泰史って、孤高、ソロといった一種近づきがたいイメージがあったのですが、じつは人なつっこい面も併せもった人なんですね。
人間味あふれるナイスガイです。

垂直の記憶―岩と雪の7章

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2004.03.14

カシミール3Dはすごい!

カシミール3D入門―山と風景を楽しむ地図ナビゲータ「カシミール3D」というフリーソフトがある。

山好きでパソコン好きの人ならみんな知ってる有名なソフトだ。
どんなソフトかというと、3次元表現ができる地図ソフト。ただし、単なる地図表示のためのソフトといっては開発者に怒られてしまう。
立体的にレリーフ表現された美しい地形図上で、あたかも自分がその世界に入り込んだように空間を自由自在に飛び回ることができる。
山頂からの景観を自在に表現できるし、地図上に登山ルートをプロットすれば瞬時にルート断面図ができあがる。とにかく豊富な3D機能には驚嘆してしまう。

このソフトに出会ったのは2ヶ月ほど前。
このソフトのCD付き入門本を本屋で衝動買いした時に始まる。ソフト付きで1900円という安さに惹かれて買った。しかし忙しさにかまけてインストールもしないでずっとほったらかしにしていた。
最近になって時間ができたので本に付属していたCDをインストールしてみた。

付録のCDには全国の20万分の一地勢図と関東甲信越エリアの5万図が入っていた。あわせて700MBにもなる容量だ。
本を読みながらちょっと使ってみてその機能の豊富さ複雑さには本当に驚いた。これがフリーソフトだとはどうしても思えない。じつに良くできたソフトである。

さっそくトライしてみたのは、先月登った荒沢山からの展望図づくり。実写のパノラマ写真と比べてみての山座同定作業がじつに容易にできた。画像表現も申し分ない。
くわしくは荒沢山の記録を見てほしい。
次に挑戦したのは、2001年に歩いた北鎌尾根のルート断面図づくりだ。貧乏沢コースの起伏に富んだ様子がすごくよくわかる。さっそく名著?「中高年のための北鎌尾根攻略法」に挿入した。

今までのは活用法としてはほんの序の口である。マニアはハンディGPSと連携して、GPSのデータをカシミールに入力することで自分が歩いたルートを地形図上に表現したり、反対にカシミールで歩くルートをプロットした座標データをGPSへ入力して現地で活用したりしているらしい。

山に入る前の活用法と帰ってからの活用法など考えるだけで楽しくなってしまう。
故障続きで山に行けない身の上では、机上の空想登山しか今のところ活用法がないのが残念ではあるが・・。

ちなみに「カシミール」の名前の由来は、「可視マップ」を「見る」というところからきているそうな。

カシミール3D入門―山と風景を楽しむ地図ナビゲータ

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2004.03.02

地図とコンパスの使い方

最近、図書館で読図に関するいい本に出会った。

題名「登山者のための地図とコンパスの使い方」
 副題「-あなたの方法は間違っている-」
副題に興味をおぼえてさっそく借りて読んでみたところ、とても分かり易くていい本だった。
地図とコンパスの使い方
「読図の方法が間違っている」とは気になる。どういうことだろう?
現在地を確認したり目標地点を探す時に、私たちの多くが地図上で行う作業に「整置(正置)」作業がある。
すなわち地形図を実際の地形に合わせて回転させて、相似的に置く作業である。必然的に地図の北を現場の北に合わせることになる。
私たち登山者はこの作業を普通にやっていた。

著者はこの作業を「標定式」と呼び、いくつかの欠陥があるために勧めていない。代わりに「北上式」という方法を推奨している。
「標定式」の欠陥については本書を熟読してもらうとして、では「北上式」ってなんだろう?
「北上式」とは、常時北を上にして地図を見る方法だそうだ。すなわち、地図と現場を測定方位で結びつける方法である。実際の北に地図の北を合わせようとすると、そのたびに地図を回転させることになるが、「北上式」では目標を変えても地図は動かさない。つねに北を上にして見ればよく、目標はつねに方位で表すことになるのでコンパスを自由に使える。
こう書くと余計むずかしく感じられるかも知れないが本書を読めば「なるほど!」と肯くことだろう。

OLコンパスの磁針を扱うのは1回だけ。目標物に向けてコンパスの磁針に矢印を合わせる時だけ。
「狙って、磁針に矢印を合わせる」
この作業(コンパス操作)後は、磁針はどこに向いていようと、目標物の方位角の値がコンパスの中に確定されているので、どこに向いて立っていようと地図の上を北にして、図上の目標物に長辺を合わせて矢印を磁北線に一致させるようにコンパスを動かせば現在地が容易に推定できるというわけである。
ああ、言葉で書くのは難しいなあ。(^^;

その他、地図の折り方、磁北線の書き方、偏差タンゼント表、さらには世界測地系への移行やGPSの話題など、地図を使いこなす上でのさまざまな内容が網羅されていて飽きない。
こぼれ話で、地図を読めない女性が多い理由なども語られていて思わず笑ってしまう。

ちなみに著者は海上保安大学校名誉教授で海難審判のプロでもあるらしい。
現在は労山呉勤労者山の会所属だとか。

登山者のための地図とコンパスの使い方―あなたの方法は間違っている

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