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2007.09.04

遠き雪嶺

遠き雪嶺日本人によるヒマラヤ遠征というと真っ先に思い浮かぶのが1956年(昭和31年)のマナスル初登頂が挙げられます。
世界に14座しかないヒマラヤ8000m峰の一角に日本人が初登頂したということで、これがヒマラヤにおける日本人初登頂と勘違いしている人は多いと思います。

しかし、それよりも20年も前の1936年(昭和11年)10月5日に日本人によるヒマラヤ未踏峰の初登頂が成し遂げられたことを知る人は少ないのではないでしょうか。

山の名前は、ナンダ・コート(ナンダ・コット)。
インド・ガルワールヒマラヤにある6,861mの未踏峰でした。
当時、ネパール、チベット、ブータンは鎖国状態であり、他のヒマラヤ山域も現在とはまったく異なりきわめて入山が難しい状態でした。
そこで、選ばれた山域が当時イギリスの植民地で入山が比較的容易だったインドヒマラヤでした。

本書は、未踏峰ナンダ・コートに挑み、見事に初登頂の栄誉をつかんだ立教大学隊の物語をドキュメンタリータッチで描いた大作です。
史実にそって書かれていますが、そこは小説の世界です。
フィクションも織り交ぜながら飽きさせないで一気に読み終えることができました。

多少とも登山を知るものにとって一番の驚きは、今から70年以上も前、登山技術も登山装備も現在とは比較にならないくらい劣悪な条件下で、しかもヨーロッパアルプス経験もなくいきなり日本の冬山から氷河のヒマラヤに挑んで成功させたという事実です。

読み進んでいけばわかりますが、雪山必携のオーバーシューズも全員分用意できなかったことや6人パーティーで30mの麻ザイルが1本だけで行動するなど、現在では考えられない装備・方法で果敢に挑んでいるのですね。
もちろんアイスバイルなどもありませんからダブルアックス技術などは存在せず、前爪の無いアイゼンをつけてピッケルで一歩一歩足場をカッティングしながら登っていきます。

さまざまな事態に遭遇しながらも、つねに沈着冷静だった堀田隊長の下で全員が力をあわせて目標に向かってぶれずに行動する様は感動的です。

そして、時代背景にも注目です。
1936年2月26日には有名な2.26事件が勃発し、時代は大きく戦争へと舵を切ることになります。
暗い世相にあって、「山登りとは何ごとだ!」といった批判を一部では受けながらも青春を山にかけた青年たちの揺れ動く心情にもスポットライトが当てられています。
初登頂の翌年、1937年には満州事変が起き、その後日本は太平洋戦争に突き進んでいきますが、戦前のワンチャンスを見事にとらえた反面、ヒマラヤ初挑戦初登頂というせっかくの大成果が次に続く若者たちに伝承されなかった悔しさも同時に描かれています。

遠き雪嶺(上) (角川文庫)ナンダ・コートの経験が受け継がれて大輪の花を咲かせることができたのは20年後のマナスル初登頂でした。
戦争と戦後の混乱期が20年の空白を作ってしまったのですね。
登山の進歩に平和が欠かせないということを強く感じた小説でもありました。

著者の谷甲州氏はご自身が7000峰登頂の経験をもつだけあって、他の著作もふくめて登山の描写は他のだれよりも細密で優れていると思います。
ぜひご一読を。

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