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2007.09.30

ウィンチの威力におどろく

070930rescue01救助隊による「救助用具の講習会」の日でしたが、あいにく朝から本降りでした。

「雨のため本日の講習会は中止します。」という知らせを内心期待していたのですが、そこは天下の救助隊です。
そうは問屋が卸してくれません。

「救助に雨も晴れもない!」といわれればそのとおりです。
内心はともかく、メンバーのだれひとり愚痴もこぼさずに時間どおり講習場所に集合したのは立派でした。

さて、レスキュー用ウィンチの存在はもちろん知っていましたが、今回見るのさわるのも初めての経験です。
まずは外観のシンプルさと予想外の軽さ(約10kgとか)におどろきました。
ウィンチの本体部分はボート用のものを転用しているとのこと。
070930rescue02それに、ブロッカー(ストッパー)とプーリー(滑車)の組み合わせで大小2とおりのギア比による引き上げ力が発生されるようになっています。

本体部分にロープを3回巻いてからハンドルを回すだけで200kg近い重量を大人一人で引き上げることができます。
チームレスキューには欠かせない最新兵器ですね。
こんなすごい装備がわが救助隊にあるとは知りませんでした。
これなら故障モチの私でも左手一本あれば助け上げることができます。(笑)

そのほか、レスキューハーネスの装着や1/4引き上げ法などの実演が行われました。
レスキューには覚えなければならないシステムや技術が目白押しです。

070930rescue03ひとつひとつやってみて感じることは、「事故はけっして起こしてはいけない」ということですね。
事故者もつらいでしょうが救助者も本当に大変です。

事故を少しでも減らすためには予防第一。
そして、万が一事故に遭ったときはセルフレスキューでどこまで安全圏に戻れるか。

できるだけ早期にチームレスキューにバトンタッチできる体制をつね日頃から意識しておく姿勢が必要だと強く感じました。

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2007.09.22

クライマーズ・ボディ

クライマーズ・ボディ登山、とりわけクライミングをやっていれば誰しも故障のひとつやふたつと付き合う羽目になります。
かくいう小屋番Nobも肩痛を痛めてからもう4年ほどになりますか。
正確に何年前から痛み出したのかよくわからなくなってしまいました。
最近はもともと持っていた腰痛も再発してしまい、秋の彼岸の3連休だというのに今日は病院、明後日は整体治療と別の意味で忙しい日々を送っています。

いまお世話になっている山の会はクライミング中心の会です。
それなのにクライミングができないということは在籍する意味がないので、最近は引き際(退会)を何時にするかと考える毎日。
育ち盛りの男の子が体育の時間を見学で過ごすようなもので、精神衛生上非常によろしくない。(笑)

今回紹介する本は発売されてすぐに購入したのですが、内容が少々難しいためすぐにほったらかしていたものです。
ところが、最近は肩痛が日常生活にも不便をきたすほど深刻になってきたので、もういちど本棚から取り出して本気で読み返してみました。

「溺れる者は藁をも掴む」で、真剣に読むとこれがなかなか面白いのです。
著者は二人。有名クライマーと「登る整形外科医」の異名をとるクライマー整形外科医の共著です。
この本を読むと著者も含めておびただしい人達が故障と向き合い、それを乗り越える努力を続けてきたことがわかります。
故障にならないための日頃のボディケアと不幸にして故障になってしまってからの対処法が論理的に書かれています。
クライミングに故障はつきものと考えれば気も楽になるし、失いかけた希望も少しは取り戻すことができるというものです。

腰痛、肩痛にはかなり耳年増になっている小屋番子ですが、再読してみて再びきちんとした治療を受ける気になり、MRI(磁気共鳴画像装置)を再受診してみました。
機械の進歩もあるのでしょうが、今回の診断画像にはインナーマッスル(肩腱板)の一つである棘上筋の損傷がはっきりと映っていました。

故障部位はある程度わかったので、あとは地道にリハビリを続けることになります。
医者から完治は難しいと言われましたが、とりあえず日常生活への支障をなくすことと、せめてグレード5.9程度のクライミングに復帰できるようになりたいですね。
それまではクライミングは封印です。
そんな気にさせてくれた本書を故障モチとして推薦します。

クライマーズ・ボディ

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2007.09.16

レスキューザックを使ってみる

グレゴリー社のレスキューザックを実地で使う機会がありましたので簡単に報告します。
場所は奥武蔵の天覧の岩場。
県連救助隊の持ち物です。

P1030206s以前、会の例会(室内)の時に組み立てたことがありましたが、その時の印象はとっても悪いものでした。
まず付属している取説がわかりづらいのです。
さらには付いているテープ類やバックル類が多くて、どこにどう接続していいものやらさっぱりでした。
ザックをばらして、負傷者を搬出できる状態にもっていくまでに10数分かかった記憶があります。

そこで実地訓練の今回もあまり期待していなかったのですが、意外にも組み立てが簡単という印象に大きく変わりました。
最初は10分近くかかったものの、2回目には5分以内で、そして3回目以降には4分以内で負傷者を搬出できる状態にまでもっていくことができました。
2,3度実地で経験してみればすぐに慣れます。

骨折など自力歩行が困難な傷病者を救急車両の入れる山麓まで搬出する際の大きな武器になりそうです。
チームレスキューの現場では重宝しそうですね。

数10kgの体重のある人間を背負うので、ザックのつくりは頑丈になっています。
通常は50Lのザックとして普通に使えるそうですが、実際50Lも入るかなあ?という感じは持ちました。
持った感じでは同サイズのザックよりも重いという感じを受けましたが、調べてみたら2,300gしかありません。
50Lザックとしてはけっして重い方ではないと思います。

セルフレスキューの現場では普段使っているザックを搬出用に工夫して使いますが、背負った感じはぜんぜん違います。
背負い搬出用としては格段に性能が上なので、山岳会の共同装備として1個あっても良いかもしれませんね。
このザックで山行をするメンバーには共同装備を少しだけ軽くしてあげれば良いだけですから。

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2007.09.08

車窓からの戦国模様

R0010253s

2週間ほど前の写真ですが、小海線からの沿線風景です。

あの日、北八ツからの帰り道、古い山の友人が八ヶ岳南麓に転居したので、久しぶりにお会いしたくなり寄り道してきました。

日本鉄道最高地点を走る小海線。
かつては私もよく利用しましたが、最近では車利用のためにほとんど使いません。
赤字解消のためでしょうか、ワンマンカーになっていました。
乗るときはいいのですが、降りるときは前方車両の出口しか降りることができず、知らないであやうく降りそこねるところでした。

R0010254sさて、そんな慌てたこともありましたが、ローカル線の旅は楽しいですね。
小淵沢から甲斐小泉に至る間、車窓右手の田んぼに「風林火山」と「武田菱」が黒々と印されていました。
もちろんNHK大河ドラマを盛り上げるための宣伝です。
駅のある北杜市にはドラマで使っている信玄館のセットがあるそうです。

稲穂の揺れるのどかな田んぼ。
収穫寸前に昨日の台風9号で倒伏していなければ良いのですが・・・

R0010255s

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2007.09.04

遠き雪嶺

遠き雪嶺日本人によるヒマラヤ遠征というと真っ先に思い浮かぶのが1956年(昭和31年)のマナスル初登頂が挙げられます。
世界に14座しかないヒマラヤ8000m峰の一角に日本人が初登頂したということで、これがヒマラヤにおける日本人初登頂と勘違いしている人は多いと思います。

しかし、それよりも20年も前の1936年(昭和11年)10月5日に日本人によるヒマラヤ未踏峰の初登頂が成し遂げられたことを知る人は少ないのではないでしょうか。

山の名前は、ナンダ・コート(ナンダ・コット)。
インド・ガルワールヒマラヤにある6,861mの未踏峰でした。
当時、ネパール、チベット、ブータンは鎖国状態であり、他のヒマラヤ山域も現在とはまったく異なりきわめて入山が難しい状態でした。
そこで、選ばれた山域が当時イギリスの植民地で入山が比較的容易だったインドヒマラヤでした。

本書は、未踏峰ナンダ・コートに挑み、見事に初登頂の栄誉をつかんだ立教大学隊の物語をドキュメンタリータッチで描いた大作です。
史実にそって書かれていますが、そこは小説の世界です。
フィクションも織り交ぜながら飽きさせないで一気に読み終えることができました。

多少とも登山を知るものにとって一番の驚きは、今から70年以上も前、登山技術も登山装備も現在とは比較にならないくらい劣悪な条件下で、しかもヨーロッパアルプス経験もなくいきなり日本の冬山から氷河のヒマラヤに挑んで成功させたという事実です。

読み進んでいけばわかりますが、雪山必携のオーバーシューズも全員分用意できなかったことや6人パーティーで30mの麻ザイルが1本だけで行動するなど、現在では考えられない装備・方法で果敢に挑んでいるのですね。
もちろんアイスバイルなどもありませんからダブルアックス技術などは存在せず、前爪の無いアイゼンをつけてピッケルで一歩一歩足場をカッティングしながら登っていきます。

さまざまな事態に遭遇しながらも、つねに沈着冷静だった堀田隊長の下で全員が力をあわせて目標に向かってぶれずに行動する様は感動的です。

そして、時代背景にも注目です。
1936年2月26日には有名な2.26事件が勃発し、時代は大きく戦争へと舵を切ることになります。
暗い世相にあって、「山登りとは何ごとだ!」といった批判を一部では受けながらも青春を山にかけた青年たちの揺れ動く心情にもスポットライトが当てられています。
初登頂の翌年、1937年には満州事変が起き、その後日本は太平洋戦争に突き進んでいきますが、戦前のワンチャンスを見事にとらえた反面、ヒマラヤ初挑戦初登頂というせっかくの大成果が次に続く若者たちに伝承されなかった悔しさも同時に描かれています。

遠き雪嶺(上) (角川文庫)ナンダ・コートの経験が受け継がれて大輪の花を咲かせることができたのは20年後のマナスル初登頂でした。
戦争と戦後の混乱期が20年の空白を作ってしまったのですね。
登山の進歩に平和が欠かせないということを強く感じた小説でもありました。

著者の谷甲州氏はご自身が7000峰登頂の経験をもつだけあって、他の著作もふくめて登山の描写は他のだれよりも細密で優れていると思います。
ぜひご一読を。

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2007.09.02

初秋の風を感じながら

070901kitatouhoku02異常に暑かった今年の夏でしたが、9月に入ったとたん季節は肌に心地よい涼風を運んでくれました。

さわやかな水しぶきに身をさらしていると肌寒ささえ感じる北東北。

いままで訪れる機会のなかった奥入瀬渓流から十和田湖、そして八甲田山麓を巡るミニ旅行に出かけてきました。

070901kitatouhoku03宿は八甲田山・高田大岳の登山基地である谷地温泉。
「日本三秘湯」の一つに数えられているそうな。
あとの二つは北海道と四国なので、金欠病の小屋番にとって全部制覇するのは至難の技ですが、木組みの浴槽の下から湧き出ている源泉はまさに「秘湯」の名に恥じません。

農家のおばちゃんとおぼしき団体さんがお国言葉でにぎやかに会話しているさまは何とも微笑ましいですね。
原則として混浴。
とはいえ、温泉ブームで若い女性も訪れるためか「女性専用浴場」もあるのでご安心を。

070901kitatouhoku01東北の秋はいいですね。
仕事柄、水田や畑の管理状況などに目がいきますが、田んぼの畔まできちんと手入れしている様は眺めていてとても気持ちが良いものです。
早場米の千葉ではすでに稲刈りが最盛期を迎えていますが、こちらは暑い夏の間に顔を出し始めた穂がすっかり出揃い傾き始めています。
いわゆる登熟期でしょうか。
これから成熟期をむかえてお彼岸の頃にはいよいよ稲刈りです。

一足先に秋の気配を感じてきた二日間でした。

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