激しすぎる夢

小西政継さんとはかつて一度だけお話ししたことがあります。
山の仲間達と「山岳映画と講演の夕べ」なる企画をたて、講演者として来ていただいた時のことです。
どんな怖い人だろうか、とビクビクものでしたが、素顔の小西さんは笑顔の素敵な好漢だったのを思い出します。
彼の生涯と最後の山となったマナスルで何が起きたのかを克明に描いた作品が「激しすぎる夢」です。
長尾三郎氏のノンフィクション作品です。
マナスルに消えた1996年から5年後の2001年に書かれた本書を初めて読みました。
「激しすぎる夢」という題名のとおり、彼の前半生のうち青年期は、マッターホルン北壁・エベレスト南西壁・グランドジョラス北壁に果敢に挑戦し、日本の登山界に小西ありとの名声を確立しました。
それに続く壮年期は、山学同志会のリーダーとしてジャヌー北壁・カンチェンジュンガ北壁・チョゴリ(K2)北稜などに数多くのクライマーを挑戦、そして登頂させることにより世界的なスケールの登山を次々と実践してきました。
一転して40歳代には自ら起業家として登山界に関わっていきます。
家族愛を大切にしながらも猛烈な勢いで仕事に向かい、ある程度の成功をおさめた時点で、再び登山に向かう決意を固めます。
彼が初めて8000m峰に登頂したのは意外にも1994年、55歳になってからです。
しかも酸素を吸って、シェルパを雇ってのフツーの登山。
若い頃の彼の激しい登山観を知る人から見ると意外な感に打たれますが、そこが彼の柔軟でしなやかなところなのです。
「今、俺には無酸素でエベレストに挑戦した昔の力はないんだからさ。でも、酸素吸ったらまだまだ登る力はあると思っている。自分の好きなやり方で登ればいいんだよ。」
ベースキャンプから毎日のように発信する家族へ宛てた手紙。自宅のすぐそばを仕事場に選んで家庭での時間を大切にする毎日。
家族との太い絆で結ばれた交流風景が、人間小西の懐の深さと優しさを証明しています。
最終章では、マナスルに消えた最後の行動にスポットを当てています。
結局、彼の他人に対する優しさが自らの遭難につながっていった過程が克明に描かれており、なんともやりきれない幕切れとなっていきますが、最後まで他人には優しく自分には厳しい面を貫いた男の中の男だったんだなと思いました。
ここまで書いてきてふと思ったのですが、山学同志会時代の妥協を許さないきびしい姿勢。事故はすべて自己責任として会としての山行自粛もしなかった姿勢というのも、もとをただせば「個」の力を強くしたい、「個」を強くすることで生き抜く力をつけていってほしい、という「優しさ」の裏返しだったのかもしれません。
戦後最高の登山家という側面だけで評価するにはもったいない程の魅力あふれる人物です。
6年前の作品ですが、ぜひ一読をお勧めします。


Comments
>「個」を強くすることで生き抜く力をつけていってほしい
最近話題の新書「フューチャリスト宣言(梅田望夫と茂木健一郎の対談集)」ですね。
Posted by: おじん堂 | 2007.05.26 at 09:13 AM
先日「天狗尾根」でコメントを投稿しました。
山岳書の紹介をされているので嬉しくなり改めてこちらに。
私も山の本を読むのが好きで、収書もそれなりにあります。
今、中高年を中心に山歩きは盛んですが、山の本を読む人は本当に少ないですね。
大変寂しい現象です。
昔話は嫌われますが、かつての登山者はまた、相当に読書家でもあったのです。
ブログでも山行記はフンダンにありますが、良い山岳書を紹介しているのには「Nob」さんが初めてです。
紹介書はほとんどてもとにありますが「登山者のための地図とコンパスの使い方」をさっそく「アマゾン」に注文します。
わたしのブログにも「山の本」のことを書きました。
Posted by: 風花爺さん | 2007.08.10 at 04:51 PM