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2006.06.15

道迷い

鈴鹿にある「ブナ清水」の話題で盛り上がりましたが、「道迷い」は道のない山では避けて通れないアクシデントの一つです。

060615map01私も若い頃はよく「道迷い」をやらかしました。
今は要所要所に赤テープなどが付けられていることが多く、緊張感はかなり薄れていますが、昭和40年代位まではあまり赤テープにはお目にかからなかったように記憶しています。その代わりに鉈目(なため)はあったけど。

道迷いの原因の一つに地図の精度とコンパスの性能も挙げられると思います。
今でこそ2万5千分の一図が当たり前ですが、以前は5万分の一図が幅を利かせていました。
2.5万図4枚分の情報を5万図1枚に詰め込む訳ですからこれでは情報量に格段の差が出てしまうのも仕方がありません。

060615map02また、同じ5万図でも高校の頃使っていた図と最近の図とでは精度に格段の差があります。
紹介した図は5万図の「秩父」の有間山周辺です。
有間山から北東に延びている尾根の形状を見ても古い地図はきわめてシンプルなのに対して、最近の地図では支尾根が複雑に入り組んでいるのがわかります。

最後にコンパスの性能向上。
スント社やシルバ社の方向線付きのコンパスを初めて手にしたのが昭和43年でした。
それまでは水筒の蓋におまけで付いていたのと同じような丸形の磁石でした。磁針もプルプル震えていて頼りないものです。
この形式では整置式の読図法しかできず、位置を割り出す精度もイマイチでした。

オイルシールされた方向線付きのコンパスが売り出された時は感動しました。
その後、整置式から北上式に操作法を変えてからは無敵に。
それでも時々「道迷い」をしでかすのは何故なのでしょうか・・・。

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Comments

こんにちは。おいらの思うに、道迷いというのは「希望的観測」だと思う。「この道で良いはずだ」とか「どこかに出るはずだ」という願望が、冷静な判断に勝ってしまう。遭難は想像力の欠如から起こるというのと同じだと思うのだが。

Posted by: おじん | 2006.06.15 11:16 PM

> ・・・願望が、冷静な判断に勝ってしまう。
確かにそうですね。
最初に「思いこみ」があり、次に「希望的観測」、それから「根拠なき願望」・・・
「思いこみ」の段階で冷静な判断に立ち返るのはきわめて難しいですが。

Posted by: Nob | 2006.06.16 07:22 AM

これからは、その他の要素として「老化によるボケ」というのが加わりますから困ったものです。前日の登山道の記憶と当日の登山道の記憶が入り混じって道迷い遭難した・・・というような話を雑誌で読んだことがあります。自分の記憶が信頼できなくなった場合、無事に下山できないだろうなぁ。まあ、そうなったら近所の公園からも帰宅できないかもしれませんが。

Posted by: おじん | 2006.06.16 06:02 PM

>前日の登山道の記憶と当日の登山道の記憶が入り混じって道迷い遭難した・・・というような話を雑誌で読んだことがあります。
いやいや、この段階になったら、山に行かせちゃだめですよ。
昨日のNHKで、高齢化で認知証になった人の自動車免許問題が取り上げられていましたが、文字どおり「走る凶器」化しているのですが、今の制度ではなかなか有効策はないそうです。

Posted by: Nob | 2006.06.16 10:26 PM

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