« December 2004 | Main | February 2005 »

2005.01.30

スノーシュー vs フリートレック

湯ノ丸山をめざす昨年アイスクライミングのアプローチ用としてフリートレックを購入した錦少年とMIKIさんから信州の湯ノ丸山(2101m)に誘われる。
なんでもフリートレックの練習をしたいらしい。ところがこちらはスノーシューしか持っていない。道具が違うとペースが合わないおそれがあるのでイマイチ行く気が起きなかった。

無料休憩所で仮眠をした翌朝は今年最大の寒波の影響からか吹雪で明けた。
これじゃ登れないと思い、ふたたび布団に潜り込む。(この無料休憩所はとても快適で、暖房+布団付きだった。)
のんびりと起き出して遅めの朝食をとりはじめたら急に天候が回復傾向を見せはじめた。あわてて身支度をしてリフトに飛び乗る。

リフトの終点は1830m地点。頂上までの標高差は270m程度しかない。青空を見せているが風は強い。地吹雪が舞う天候だ。
登山者は意外と多いのびっくり。ワカン派、つぼ足派、スノーシュー派、フリートレック派、山スキー派、テレマークスキー派、スノボー派など多国籍登山者集団でごった返していた。
やはりアプローチが短く登りが緩いので中高年登山者には人気なのだろうな。先週出かけた武尊山は私たち以外に誰もいなかったのにエライ違いである。

前日の土曜日が好天だったらしく、風は強いもののトレースは消えずにばっちりあったので、まるでスキー場の圧雪斜面を登るがごとくに快調に頂上をめざす。
フリートレックの二人はまだ慣れてないらしく斜面がちょっと急になると苦労していた。スノーシューのこちらは快調そのもの。トレースラインには飽きたらずバージンスノーをグイグイ登る。湯ノ丸山頂にて

頂上近くになると風がさらに強まり、地吹雪に目も開けてはいられない。あわててゴーグルを取り出す。
リフト終点からちょうど1時間で湯ノ丸山南峰頂上に着く。北峰往復はあきらめ、下りにかかる。フリートレック組はここでシールを外して快適に滑降!の予定だったが、そうは問屋が卸さない。あの短いスキーで転倒もせずに快適に滑り降りるにはまだ年期がいるようだ。(^^;
登山靴に短いスキー板では「斜滑降&キックターン時々転倒」がいいところ。
一方こちらスノーシュー。最短のラインを粉雪を蹴散らしながらガンガン降りる。あっという間に差がつくが、何か面白くない。
おっかなびっくりキャーキャー騒ぎながらでもみんなで降りた方が楽しい。やはり同じ道具で行動しなければ面白くないのだ。
山スキーなら山スキー同士。フリートレックならフリートレック同士。そしてスノーシューならスノーシュー同士の山行が一番楽しいということですね。

| | TrackBack (0)

2005.01.29

ドッグイヤー

rocky我が家のロッキーが先日9歳の誕生日を迎えた。
ロッキーはミックスである。雑種とは言わずに専門用語ではミックスと言うらしい。
私はむりやり我が家に置いていった知人の住所から「三郷犬」と人には言っているが。

早朝6時前に眠い目をこすりながら起床しなければならないのも、夕方帰宅してビールで一杯の前にジャンパーを着て寒い路上に出なければならないのもみんなコイツのせいである。
ロッキーはやたらに糞をする。
歩きながらの散歩ではまず3回はする。3回目ともなるとビニル袋は糞で満杯になる。これがイヤでロッキーの散歩は家族みんなが敬遠する。
したがって週末になると山に逃避行する私としては罪滅ぼしのために進んでやるしかないのだ。

自転車での散歩の時はいきなり急停止してウ○コをする。勢い余って自転車ごと畑に突っ込んだこともある。思いっきり怒ってやったら、次回からは走りながらウ○コをするワザを身につけた。
それはそれで大変で、戻ってから路上に転々とするナニを袋に入れるという情けない作業が待っているからだ。
まあけっして利口ではないが、憎めないヤツである。

ロッキーは子供の時に去勢手術を受けた。
よほど痛かったらしく、それ以来決して動物病院のドアの中には入ろうとしない。以前、無理矢理入れようとしたら首輪がすっぽ抜けてバス通りへ逃亡。折からバス停に入ろうとしたバスに危うく轢かれそうになり周囲から大ひんしゅくをうけた。
以来毎年4月の狂犬病予防接種は車の中に閉じこめて窓から獣医さんに注射してもらっている。(それでも暴れてホントに注射できているのかいつも疑問(^^;)

まあそんな迷犬ではあるが、朝起きてシャッターを開けた時、帰宅して窓ガラスから目と目が合った時、きまって「クゥーン、クゥーン」と哀愁を漂わせる鳴き声というか甘え声をだしてくると、散歩に連れて行かざるを得ないのだから私も甘いものである。

それにしても早や9歳。ドッグイヤーは人間の6歳分というから、ロッキーも今年で54歳になる勘定で、ちょうど私と同い年だ。
これからはもう少し大事にしてやろうかな。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.01.26

ドキュメント 雪崩遭難

ドキュメント 雪崩遭難「雪崩が起きるとは思わなかった」
「そこで雪崩が起きたことがない」
・・・この二つの言葉を私たちは禁句にすべきだ。

上記は本書のあとがきにある一節である。
先日の雪崩講習会の前後にかけて読み終えた。
こんなことを書くと不謹慎だと思われるかも知れないが、誤解を恐れずに言えば「ぐいぐい引き込まれる魅力ある」本だった。

恐ろしい雪崩遭難の実例を検証、事故の実態を克明に記している。
1997年から2002年までの間に起きた8件の雪崩事故を取り上げている。雪山登山、スキー、スノーボードなどタイプ別に、雪崩の発生、捜索救助に至るまでの経緯を生存者や救助者の生の声をもとに再現している。事故の原因と対策を検証する。

8件どこからでも読み始められる。
一番最初に目を通したのは5ケース目に描かれた剱岳・早月尾根上の雪崩事故。安定した尾根上から一瞬にして5人の登山者が池ノ谷に消えた。
なぜ?どうして?
それまで尾根筋ならまず雪崩は大丈夫と漠然と考えていた自分だったが、このケースを読み進むうちに頭を思いっきりなぐられた感じがした。
原因は、あられの弱層に載った上載積雪が8人の登山者のインパクト(人為的刺激)に耐えられなかったことによる。尾根筋を普通に歩いていても、ちょっとしたルートどりの悪さから生と死が分けられる残酷さに背筋が寒くなる。

本書に紹介されている、ある大学教授の指摘を引用する。
「雪崩発生の危険は、弱層の強度とその上に降り積もった積雪重量と人為的刺激の強度の兼ね合いである。・・・弱層テストの一番の目的は、弱層の有無とその強度を調べること。・・・」
これから登る斜面に少しでも不安があれば迷わずに弱層テストをしよう。

また、各事故ケースの末尾には「教訓」が記されている。
・弱層テストは必ずおこなう。
・セルフレスキューには雪崩ビーコンは不可欠である。
・一人一人間隔をおいて行動する。
・不幸にして雪崩に巻き込まれたら、最後まで生きる望みを失わずにあらゆる努力をする・・・等々
逆に言えば、それらをきちんとやっていれば救えた命もあったということ。
ケースによっては三種の神器(ビーコン、ゾンデ、シャベル)を所持していても家に置いてきたとか、ビーコンを持っていてもスイッチが入っていなかったなど、悔いの残る実例も意外なほどあることに驚く。

雪崩を防ぐには雪崩の科学的知識を謙虚に学ぶことと登山経験を重ねること。この二つをバランス良く高めていくしかないと思う。そのどちらかが不足していても危ない。

最後に本書にある唐松岳・八方尾根スノボー遭難事故の遺族であるニュージーランド人の母親の言葉を引用したい。
「もし、雪崩ビーコンをつけていたら息子は発見されるチャンスがあったと言われました。バックカントリーに行くなら雪崩教育を受け、雪崩ビーコン、シャベル、ゾンデを持ってほしい。これらの装備は700ドルあればそろえられる。・・・子供たちの命の値段はいったいいくらですか?」

ドキュメント雪崩遭難

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.01.24

雪崩講習会

雪柱によるハンドテストスノーシューを使った山行が増えるにともない、当会でも久しぶりに雪崩講習の機運が盛り上がってきた。
そこで、上州武尊山の山懐をお借りして欲張りにもスノーシューのトレーニングと雪崩講習会を併せて実施した。
講師は竜少年さん。県連盟の講師として何度も雪崩講習に携わっているので心強い。

スノーシューは川場・剣ヶ峰(2020m)までの往復。トレースがまったくないためにえらく時間がかかった。おまけに剣ヶ峰の頂上直下にある雪のリッジが大量の積雪でなんとも微妙な感じだったので無理せずピークを踏むことは断念した。

その後は川場スキー場最終リフト降り場から少し上がった場所で雪崩講習会に切り替える。
弱層テスト、雪崩ビーコンでの捜索実習、埋没体験、ゾンデ棒の感触体験などなど一通りの講習を行った。
埋没体験は数年前に初めて体験して死ぬほど怖かったので今回私はパス。たぶん私は閉所恐怖症なのだと思う。(^^;
雪崩ビーコンの操作実習は各自が2~3回行うが慣れるにしたがって捜索時間が短縮された。平均で5分から6分位だった。
ビーコン、ゾンデ棒、スコップの常時携行でかなりのレスキュー効果が上がることが実感できた。

ma3nobuクンの埋没体験
恐怖の埋没体験!とゾンデ棒の感触体験(4コマ写真で)

昨日も八幡平のスキー場コース外で雪崩死亡事故があったそうだ。
雪崩は今回受講した「起きてからの捜索訓練」も大事だが、なんと言っても大切なことは雪崩に遭わないための予防対策。
その中でも現場での弱層テストの実施は自分たちでも比較的取り付きやすい大事な対策だと思う。
昨日の講習会を終えて、参加者の中からは「これからはヤバイと感じたら必ず弱層テストをやろうよ」との声があがった。
雪崩講習会では何度も行う弱層テストだが、実際の雪山ではほとんど行われないのが私たちの会の実状である。
ハンドテストの雪柱づくりと雪質の診断時間を入れて約30分程度だろうか。多少の時間と知識も必要になるが命には代えられない。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.01.15

雪崩ビーコン(ABALANCHE BEACON)

ABALANCHE_BEACONこの冬は昨年以上にスノーシューを使った山行をしてみたい。
肩を壊しているために岩登りができないこともあるが、ここは「災い転じて福」となしたいものだ。

ようやくスノーシュー(TSL225)の足裏感覚がわかるようになってきた。
登りよりも下りの方が神経を遣うこと、下りではヒールを固定した方が安定して歩行できること、などなど実際に履いてみないと判らないことばかりだった。

さて、スノーシュー山行が増えてきて、バックカントリーの世界に足を踏み入れるほどに不安になってくるのが雪崩である。
先日の上越・高倉山でも雪庇からの乗越しの場面では雪崩誘発の不安感が脳裏から消え去らなかった。事実、山から帰ってからwebで過去の記録を調べてみたら同じ場所で小規模ながら雪崩が発生している山スキーでの報告があった。

スノーシューであっても山スキーやスノボー同様に雪崩対策は怠りなくしなければならない。
雪崩に対しては「予防・予知対策」と「発生後の救出対策」の両面に対応しなければならない。このうち、不幸にして雪崩に遭遇した時のレスキュー対策として「ビーコン」「スコップ」「ゾンデ棒」の各自携行が言われているところであるが、これがなかなか難しい。まさに「言うは易し行うは難し」の代表である。
ビーコンだけでもお値段は1台4万円前後はする。これにスコップ、ゾンデ棒を揃えたら5万円以上はかかってしまう。
GPSのようにパーティーで1台あれば十分な機能を発揮するものと違い、ビーコンはパーティー全員が持っていなくては役に立たないからやっかいだ。パーティー全員で認識の一致がなされていなければならない。
欧米ではバックカントリーで行動する登山者は当たり前のように携行していると聞くが、日本では雪山に入ってもきちっと携行している登山者を見ることは稀だ。いったいどのくらいの登山者が実際に携行しているのだろう?

ETC車載器ではないが、せめてビーコンも2万円以下で手に入るか、又は気軽にレンタルできるようなシステムになればいいなと切に思うのは私だけではないと思うのだが・・・。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

2005.01.09

風雪のスノーシューイング

雪庇の続く稜線を行くJP(ジャンクションピーク)に立って、本当に悩んだ。
東へ下れば尾根筋を何本か分けながら湯桧曽の駅に直接出られるコースがとれそうだ。
一方、さらに南進すればホワイトバレースキー場の一角に入り、谷川温泉方面へ下山できる。
魅力的なのは前者。安全を考えれば後者。
出発時は比較的穏やかだった天候はいつの間にかはげしい降雪と強風に悩まされるようになる。スノーシューを履いても膝上から腰までのラッセルに苦しむ。
だが時間にはまだ幾分余裕がある。

もし、前者のコースをとって万が一ルートを見失ったらどうしよう?頼みのGPSは故障して液晶画面が見えないので、コンパスと地図だけが頼りだ。
しかし、激しい降雪のため視界が利かない。

悩みに悩んで出した結論は、後者の安全策。
ホワイトバレースキー場方面にラッセルの歩を進めた。小一時間で最上部のリフトが望見できる地点に着いた。何はともあれホッとする。
雪まみれでスキー場の一角に飛び出したら、スキーやスノーボーダーたちが我々の姿を見て驚いていた。(^^;
激しい降雪の中で
うーん。それにしても残念だ。
どうして湯桧曽へ抜ける積極策をとれなかったんだろう?
風雪ドカ雪の天候。GPSの故障。スノーシューに慣れていないメンバーのこと。中高年の残存体力のこと。
もし、途中で引き返すことになった場合、果たして登り返す体力があるかどうか?
若い頃なら突っ込んだかもしれない判断点。今はどうしても踏み込めない。
素晴らしいスノーシューイング行だっただけに、画竜点睛を欠く結果にちょっと残念な気分が残ったのも事実だ。
それにしてもラッセルはしんどかったなあ。だれも代わってくれないんだからなあ。(^^;
(詳細記録はこちら

| | Comments (8) | TrackBack (0)

2005.01.03

九鬼山から神楽山を歩く

富士見平からの富士山
        (↑画像をクリックすると拡大します)

小屋番Nobの仕事始めは1月3日。
会の主力メンバーはすでに2日にアイゼンクライミングトレをやっている。
リハビリ主体の小屋番は静けさをもとめて中央沿線の低山に富士を眺めに行ってきた。

今回のコースは九鬼山に登り、さらに札金峠~馬立山~御前岩~神楽山と北上するもの。富士を背にしての歩きはもったいないが、午前中の光線のいい時間帯に九鬼山で写真を撮りたかったのでやむを得ない。

富士急線禾生駅を下り立ったのは8:44。女性の駅員さんから「山は雪が深いので気をつけてね!アイゼン要るわよ!」とアドバイスをいただく。
いやー、たしかに雪がある。まるで雪国かと思わせるほどの雪が道路にも積もっている。気温はマイナス6℃。身も心もしゃんとなるような山麓の朝だ。
今日は一人なので気楽なものである。適当に休みながら雪道を登っていく。積雪は20~30cmというところか。九鬼山が近づくにつれて急坂になるがなんとか登りきる。
着いたところが富士見平。その名のとおり富士の絶景が見渡せる。頂上はここから一投足だが、あいにく山頂からは樹木がじゃまして富士の展望はない。そのかわり北面の大菩薩方面の山々が雪をかぶって美しく連なっていた。

まだ三が日なので登山者も少ない。頂上では単独行の一人だけ。
先が長いので早々に出発する。山頂からは北に雪の斜面を急降下する。ひとしきり下ると今度は九鬼山北面を戻り気味にトラバースしながら札金峠をめざす。途中雪崩っぽいトラバースもありちょっといやらしかった。誰もいないところで斜面を滑落したりしたら情けないから慎重に下る。(^^;
このあたり熊の親子が何度も出没したらしく警告板がいたるところに置いてあった。さすがにもう冬眠してるよね。

札金峠からは馬立山に登り返す。ここから菊花山分岐までは初めてのコースだ。誰にも会わずに雪の尾根筋をトレースするのは楽しいが、ちょっと不安げで寂しい気もする。そんな気分になったとき、前方から2人連れの登山者が現れてなんだかほっとした。(^^;
御前岩から眺めた道志主脈の山々
登り着いた馬立山でも別の登山客に出会う。どうやら私とは逆に猿橋から登ってくるのが普通らしい。
菊花山の分岐では大月方面に行こうかと悩んだが、まったくトレースがついていないので断念。猿橋駅方面に下ることにする。

低山でも降雪直後は立派な雪稜慢歩が楽しめる。こういう楽しみがあるから冬の低山歩きはやめられない。(^^)
久しぶりに訪れた御前岩で最後の大休止。道志の山々にはびっしりと雪がついており、登高意欲をそそられた。振り返りながらの富士山ともここでお別れ。猿橋駅めざして下山する。
途中に立ち寄った神楽山はUHFとCATVのアンテナが立つ殺風景な山頂だった。

最後まで雪の道が猿橋駅まで続いてくれた。おかげで登山靴もスパッツもすっかりきれいになった。
2005年のハイキング事始めは青空と白銀に彩られた最高の一日だった。この調子で今年一年続いてほしいものである。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

« December 2004 | Main | February 2005 »