垂直の記憶
今、初めてすべてを理解できた。クラックはない。黒いシミがクラックのように見えたのだ。
(中略)
「妙子、クラックがなかった。クラックが…」
「下りるの?」
「ああ、敗退だ」
「疲れているんだから、ゆっくりね」
「ああ、悔しい」
「仕方がないじゃない」
「ああ」
「垂直の記憶」はあの山野井泰史の本です。
題名に惹かれて読んでみました。
7つの章に分かれていますが、9つのクライミングシーンで構成されています。
すべて、ヒマラヤでの実践を記録したものです。
12年間に18回も挑戦しつづけたヒマラヤの高所登山の中から著者自らが選んだ記憶に残るクライミングを著したものです。
印象的だったのは9つの記録のうち敗退したシーンが3編入っていたことです。
冒頭に紹介したのも敗退の一つ、メラ・ピーク西壁の一シーンです。
余分な形容詞を一切排して、その時自らが置かれていた状況を淡々と綴っています。
そこが読むものの心にすーっと入り込んでくるのでしょうか。
妙子夫人との強い絆も全編を通じて貫かれています。
圧巻は何といってもギャチュンカン北壁の成功と直後の遭難からの生還劇でしょうか。
鍛え抜かれた強靱な身体をもってしても、避けられない自然の猛威。死の淵に何度も遭遇しながらの生還に、ページをめくるたびに鳥肌が立ってしまいました。
ザイルを結び合わなくてもお互いを信じ合って窮地を脱した二人の物語に心の底から感動しました。
山野井泰史って、孤高、ソロといった一種近づきがたいイメージがあったのですが、じつは人なつっこい面も併せもった人なんですね。
人間味あふれるナイスガイです。
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