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2004.05.04

東京時間溯行その4

メイストーム(5月の嵐)が通過中の都内を風に煽られながら歩いてみた。

このところ下町方面が多かったので、今回は趣向を変えて目黒界隈へ。
といってもお目当ては目黒不動尊ぐらいなもので五百羅漢寺なども訪れてみたかったが今回は時間がなく次回のお楽しみにということに。

目黒駅からバスで碑文谷2丁目下車。まずは古刹として名高い円融寺へ。
住宅街の一角にある円融寺。6年前に初めて訪れたとき、その由緒ある建物群に目を瞠った。ここの釈迦堂は都内最古の木造建築物だとか。重要文化財に指定されている堂宇は簡素な造りだが飾りっ気を廃した気取りのないつくりが好ましい。


緑濃いお寺の一角にあるお墓には岳友が眠っている。
6年ぶり、すなわち七回忌にあたる今日、情けないことにお墓の場所を失念してしまっていた。どうにか場所が判り久しぶりの対面。お線香を上げさせてもらう。

6年前の5月4日はぬけるような青空だった。
私たちの目の前で堅雪の急斜面をみるみる視界から遠ざかっていった彼女の行方を最後まで見続ける勇気はなかった。
足はガクガクと震え、何もできなかったことが今でも悔いの残る出来事だった。
雪が消える6月頃になったら、穂高岳沢に当時の仲間たちで再訪しよう。


目黒不動のイメージ写真

立ち去りがたいものもあったが、時間も押していたので次の目的地である目黒不動へと向かう。
今日は地図無しなので道順を人に聞くしかない。道行く人たちに年輩の方が多く、何度か教えを請いながらも無事にたどり着くことができた。
円融寺から歩いて25分ほど。「林試の森」というこんもりとした緑の空間を過ぎてすぐの場所に目黒不動はあった。

西暦801年の開基とあったが、関東でも最古のお不動さんだとか。
目黒不動が世に有名になったのは徳川三代将軍家光の治世あたりからだそうな。門前も賑わいを見せていたにちがいない。
でも、私の興味はそこにはなく池波正太郎による鬼平犯科帳に登場する舞台としての目黒不動だ。
鬼平曰く 『そうじゃ、久栄に黒飴をみやげにつかわそう』 と、よく語る名物の黒飴。
同行してくれた甘党のカミサンに買ってあげようとマジに探したのだが、どうやら黒飴は小説の中だけのフィクションなのかあるいは江戸時代限りの名物だったのか。どこを探しても売ってはいなかった。

江戸時代には30あまりもの堂塔をもつ大霊場だった目黒不動も今では本堂まわりを中心にこじんまりとしている。
それでも寺名(瀧泉寺)の由来となった「独鈷の滝」や「大日如来坐像」など見所もあり、歩き疲れた身には特効薬になってくれた。

お腹も空いてきたので、近くの五百羅漢寺は割愛してバスで五反田駅に出て帰路についた。

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