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2004.01.11

東京時間溯行その3

少し遅れたが初詣を兼ねて湯島・本郷界隈を歩く。

湯島は「湯島天神」で名高い。何度も訪れた場所であるが、本郷を結んで歩いたことがなかったので、お天気もいいのでお茶の水から湯島聖堂、神田明神を経て湯島天神に詣で、さらに本郷界隈へ足をのばして御徒町まで歩いてみた。

お茶の水を聖橋口へ出てすぐの湯島聖堂へむかう。
儒学に熱心だった5代将軍綱吉が建てたもので、黒漆塗りの荘厳なたたずまいだった。線路際にあるにもかかわらず静かで落ちついた雰囲気が保たれている。
学問の神様をお祀りしているのでちらほらと参拝客もいたが、これから向かう湯島天神の比ではなかった。

湯島聖堂を出て角を曲がるとすぐに神田明神社がある。ここは初めてだ。商売の神様だけあって年初から賑わいをみせていた。名物である天野屋の甘酒を飲んでみたかったが混んでいたのであきらめる。

蔵前橋通りを越えてすぐにあるのが妻恋坂。坂道を少し入ったところにあるのが妻恋神社。残念ながらラブホテル街にあり往時の面影はない。境内では氏子衆が社の掃除をしていた。にこやかに挨拶をかけてくれる。
こういう古くからの湯島の人たちによって代々守られてきたんだろうな。
このあたりは坂が多い。「神田明神下」「清水坂下」「三組坂上」「湯島坂上」などなど・・・。

ぶらぶら歩くと何やら人だかりが・・・。自然と湯島天神(湯島神社)の境内にみちびかれた。
ご存じ学問の神様、菅原道真公をお祀りする天満宮。センター入試直前のこの時期の参拝客はたいへんなものだ。
古いお札をお納めして新しいお札をいただくが、何10分並んだだろうか。いやはや疲れた。

さて、ここからは初体験ゾーンだ。春日通りを本郷に向かってそぞろ歩く。途中、石川啄木の歌碑を見、さらに右手に麟祥院が見えるはずだったが見落としてしまった。麟祥院は春日局の菩提寺。彼女のお墓もあるとのこと。次回はぜひ訪れてみたい。

本郷三丁目を右に折れると、赤門があった。ご存じ加賀前田家に輿入れした姫のために建てられた門である。百万石の偉容が忍ばれる壮麗な門構えに圧倒される。朱塗りのせいか上野にある黒門とは違った華麗な雰囲気が漂う。
ついでに東大構内を見学する。さすがは日本の最高学府。古色蒼然とした建物が軒をつらねている。休日のため人通りがなかったため余計に冷たく感じられた。
安田講堂も見学し、弥生門から外に出ると、門前には立原道造の記念館が建てられていた。夭折の天才詩人としてしか知らなかったが、彼は東大工学部卒の優秀な建築家でもあったらしい。

少し歩くと今度は竹久夢二美術館。そんなに道草できないので先を急ぐ。このあたりは江戸時代前田家の屋敷裏にあたり鬱蒼とした樹木に覆われていたことから暗闇坂と呼ばれていたらしい。
ゆるやかな坂道をのんびり歩くと池之端から不忍池に出た。そういえば暗闇坂から池之端界隈は鬼兵犯科帳にも登場した場所だったと記憶しているのだが・・・。池では冬の水鳥たちが水面でのんびりと羽を休めていた。

写真:東洋文庫収蔵の浮世絵

御徒町から電車で東京駅へと向かう。
新装なった丸ビルに初めて入る。ここの7階で開催されている「東洋文庫名品展」を訪れるためだ。
「東洋文庫」は三菱の創始者岩崎家の三代目当主が設立した世界的な東洋学の専門図書館。そこの収蔵品を公開するということで好奇心からのぞいてみた。
歌麿や写楽の浮世絵の美しさも素晴らしかったが、江戸時代の文化・風俗が様々な浮世絵や古地図、錦絵などによってわかりやすく展示してあった。
とりわけ感動したのは杉田玄白によって著された「解体新書」やマルコポーロの「東方見聞録」、さらにはシーボルトの日本動物記などの実物が展示してあったこと。
これらの書物はかつて受験勉強で得られた知識程度しかなかったため、単なる知識としてしか頭の中に入っていなかったのだが、今回初めて実物を見ることができ素直に感動した。
昨年暮れに観覧した伊能忠敬の日本地図もそうだったが、乏しい情報を最大限活用しようとした当時の人たちの進取の気性の鋭さにただただ驚く。

今日はずいぶん歩いた。東京駅に戻ったところでこれから大丸デパートの踏査に向かうカミサンと別れる。
これ以上はつきあってられないからね。(^^;

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