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2004.01.31

ほろ苦い再開

長いブランクを経て、クライミングを再開する。

リハビリの効果がでてきて肩の痛みがかなりよくなったので、医者の許可を得て岩登りを再開することにした。
しかし、ここ数日ほど肩の痛みが再発してきたので、「うーん、ヤバイなあ。」と思いつつも、久しぶりのクライミングの誘惑には勝てず、出かけてしまった。

場所は日和田山。
久しぶりに会うMiyaさんとの二人クライミング。
お互い、クライミングは久しぶりなので、勝手が違ってしまい手順でまごつく場面も。

男岩の西面でともに8本ずつ登りこむ。グレードはIV級+からV級+といったところ。
足で登ることに注力してイメージどおりに快適に登れた。
岩を登れない間、おもに下半身のストレッチを中心とした柔軟運動をやっていたのだが、その効果だろうか。
とはいえ足で登るクライミングに徹したつもりでも、やはりクライミングは手と足で登るもの。
午後になると疲れもでてきて、案の定肩に痛みがはしる。

やっぱりだめかあ。
また、最初からリハビリのやり直しだ。でもまあ、めげずに前向きにいこう。

クライミングを終わって久しぶりにMiyaさんと酒をくみかわす。このときが一番楽しかった。

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2004.01.25

わが愛しのアイテム(その1)

はじめてオリエンテーリングの競技会に出たのが高校生の時だったからもう35年以上も前になる。
場所は田園都市線の青葉台駅周辺。

青葉台といえば今でこそ多摩ニュータウンの中核であり高級住宅街のイメージが強いけれど、当時はニュータウン開発が緒についたばかりで、賑やかなのは駅の周辺だけ。少し歩くと雑木林や草原がゆるやかに広がっていたのを思い出す。まさにオリエンテーリングにぴったりの地形だった。

大会参加チームは各チーム毎にSILVAコンパス1個が貸与され、これに持参の2万5千図にあらかじめ設定されているポイントを書き写したらスタート。指定された全ポイントを回りスピードを競うものだった。
われら3人の高校生チームは初出場ながら参加108チーム中の6位入賞でトロフィーをいただいた。うれしかった。
オリエンテーリング大会の出場はこれが最初で最後になってしまったが、この出場が「コンパスを使って行き先(方向)を決める」という行為に深い興味をもつきっかけになった。

高校、大学を通じて山歩きを続けてくが、大学では測量学も学んだりして、地図とは自然にお友達になっていく。

写真:わが愛しのアイテム「silvaコンパス」

写真は10年ほど前にアメリカ旅行に行った際、サンフランシスコ郊外のオークランドにあるREIのショップで購入したものである。
それまで持っていたSILVAは安物で磁針がいつもブルブル震えていて方向を決めづらかった。
こちらはオイルが封入されており磁針は安定しているし、全体サイズはコンパクトながら磁針表示部は大きく見やすい。小さなポーチにも難なく収まり今ではお気に入りの一つになっている。

ところで、日本の中部山岳地帯では6°から7°ほど磁北が西に偏っている。この西偏の修正が自らの位置とこれから向かう方向を決める際に微妙に影響してくるわけだが、せっかく地図やコンパスを持っていてもこの西偏修正を知らない登山者が意外と多いらしい。

ま、それはさておき、仕事が忙しくて山に行かれないときなど、地図とコンパスを引っ張り出してきて図上登山をしゃれ込むのも面白いものだ。地図上で意外な発見をするのもこんなとき。
コンパスなんてハイキングコースを歩いていればほとんど出すこともないけど、これを忘れると本当に不安になってくるから不思議なものである。

これから、ヒマなときに少しずつ「わが愛しのアイテム」たちを紹介していくつもりだ。

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2004.01.17

ブーツ・オン・ザ・グラウンド?

ブーツ・オン・ザ・グラウンド=「地上部隊の派遣を」 …だそうである。

誰が言ったって?
アメリカに決まってる。

ついでに、ショー・ザ・フラッグ=「旗を見せろ」 … は、イラク戦争の時にアメリカがインド洋やイラク近海での「多国籍軍」支援を強制するためにつかった脅し文句。

もはや日本に憲法第9条はなくなったのか?
さすがに時の為政者たちも取り繕えないところにまできたと思ったのだろうか。
憲法改正の動きをニ大政党ともに具体化しはじめた。
どっかの新聞に書いてあったけど、「二大政党」ならぬ「似大政党」の本質が見えてきた。

憲法「改正」派の大義名分は『占領下のアメリカに押しつけられた憲法から自主憲法の制定を!』だったはず。
結局いまの憲法「改正」論議もよく見ればアメリカの圧力によってじゃないのか?

「国際社会への貢献を果たす」なんて、カッコイイ言葉だけど、とどのつまりはアメリカの圧力に逆らえないだけじゃないのか?
イラクに軍隊を派遣している国は少数派。
軍隊なんか派遣しないでも立派に国際社会への貢献を果たしている国々も数多い。

日本もそんな国の仲間になってほしい。
 

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2004.01.14

とりあえずOKサインが出る

ここのところ仕事が忙しく病院に行くヒマがなかったが、今夜時間をつくって思い切って行ってみた。

理学療法士の先生に診察をうける。
肩周りの鋭い痛みが緩和し、首や背中の痛み、肩こりなどもいつの間にか消えたことを報告したら、ようやくクライミングのOKサインが出た。

丸二ヶ月間、リハビリメニューにしたがってひたすら地味なエクササイズを行ってきた成果がようやく出てきたらしい。
強度の弱いゴムヒモをつかってのローテーター・カフ(インナーマッスル)の強化。
あまり強いゴムを使うと、外側の三角筋などが強まってしまい、棘上筋など肝心のインナー部の筋肉が強化されないという。
難しいものである。

とりあえず、正対オンリーのクライミングのみ。前傾壁でのクライミングやクロスムーブは御法度とのこと。
つまり室内壁はまだダメということか。
2月に入ったら日和田山や幕岩の易しいルートに触ってみよう。

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2004.01.11

東京時間溯行その3

少し遅れたが初詣を兼ねて湯島・本郷界隈を歩く。

湯島は「湯島天神」で名高い。何度も訪れた場所であるが、本郷を結んで歩いたことがなかったので、お天気もいいのでお茶の水から湯島聖堂、神田明神を経て湯島天神に詣で、さらに本郷界隈へ足をのばして御徒町まで歩いてみた。

お茶の水を聖橋口へ出てすぐの湯島聖堂へむかう。
儒学に熱心だった5代将軍綱吉が建てたもので、黒漆塗りの荘厳なたたずまいだった。線路際にあるにもかかわらず静かで落ちついた雰囲気が保たれている。
学問の神様をお祀りしているのでちらほらと参拝客もいたが、これから向かう湯島天神の比ではなかった。

湯島聖堂を出て角を曲がるとすぐに神田明神社がある。ここは初めてだ。商売の神様だけあって年初から賑わいをみせていた。名物である天野屋の甘酒を飲んでみたかったが混んでいたのであきらめる。

蔵前橋通りを越えてすぐにあるのが妻恋坂。坂道を少し入ったところにあるのが妻恋神社。残念ながらラブホテル街にあり往時の面影はない。境内では氏子衆が社の掃除をしていた。にこやかに挨拶をかけてくれる。
こういう古くからの湯島の人たちによって代々守られてきたんだろうな。
このあたりは坂が多い。「神田明神下」「清水坂下」「三組坂上」「湯島坂上」などなど・・・。

ぶらぶら歩くと何やら人だかりが・・・。自然と湯島天神(湯島神社)の境内にみちびかれた。
ご存じ学問の神様、菅原道真公をお祀りする天満宮。センター入試直前のこの時期の参拝客はたいへんなものだ。
古いお札をお納めして新しいお札をいただくが、何10分並んだだろうか。いやはや疲れた。

さて、ここからは初体験ゾーンだ。春日通りを本郷に向かってそぞろ歩く。途中、石川啄木の歌碑を見、さらに右手に麟祥院が見えるはずだったが見落としてしまった。麟祥院は春日局の菩提寺。彼女のお墓もあるとのこと。次回はぜひ訪れてみたい。

本郷三丁目を右に折れると、赤門があった。ご存じ加賀前田家に輿入れした姫のために建てられた門である。百万石の偉容が忍ばれる壮麗な門構えに圧倒される。朱塗りのせいか上野にある黒門とは違った華麗な雰囲気が漂う。
ついでに東大構内を見学する。さすがは日本の最高学府。古色蒼然とした建物が軒をつらねている。休日のため人通りがなかったため余計に冷たく感じられた。
安田講堂も見学し、弥生門から外に出ると、門前には立原道造の記念館が建てられていた。夭折の天才詩人としてしか知らなかったが、彼は東大工学部卒の優秀な建築家でもあったらしい。

少し歩くと今度は竹久夢二美術館。そんなに道草できないので先を急ぐ。このあたりは江戸時代前田家の屋敷裏にあたり鬱蒼とした樹木に覆われていたことから暗闇坂と呼ばれていたらしい。
ゆるやかな坂道をのんびり歩くと池之端から不忍池に出た。そういえば暗闇坂から池之端界隈は鬼兵犯科帳にも登場した場所だったと記憶しているのだが・・・。池では冬の水鳥たちが水面でのんびりと羽を休めていた。

写真:東洋文庫収蔵の浮世絵

御徒町から電車で東京駅へと向かう。
新装なった丸ビルに初めて入る。ここの7階で開催されている「東洋文庫名品展」を訪れるためだ。
「東洋文庫」は三菱の創始者岩崎家の三代目当主が設立した世界的な東洋学の専門図書館。そこの収蔵品を公開するということで好奇心からのぞいてみた。
歌麿や写楽の浮世絵の美しさも素晴らしかったが、江戸時代の文化・風俗が様々な浮世絵や古地図、錦絵などによってわかりやすく展示してあった。
とりわけ感動したのは杉田玄白によって著された「解体新書」やマルコポーロの「東方見聞録」、さらにはシーボルトの日本動物記などの実物が展示してあったこと。
これらの書物はかつて受験勉強で得られた知識程度しかなかったため、単なる知識としてしか頭の中に入っていなかったのだが、今回初めて実物を見ることができ素直に感動した。
昨年暮れに観覧した伊能忠敬の日本地図もそうだったが、乏しい情報を最大限活用しようとした当時の人たちの進取の気性の鋭さにただただ驚く。

今日はずいぶん歩いた。東京駅に戻ったところでこれから大丸デパートの踏査に向かうカミサンと別れる。
これ以上はつきあってられないからね。(^^;

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2004.01.06

友からの便り

学生時代の親友Kから年賀状が届く

今では年賀状のやりとりしかしなくなってしまったが、大学時代に寮の部屋や寮を出てからはお互いの下宿を行き来して交友を深めていた友からの便りはうれしいものだ。

> 『時々「岳樺」のHPをのぞいている。元気で活躍しているようで何よりだ。』

年賀状の余白にほんの数行書き加えられていたコメントが目にとまる。
お互い卒業後は千葉県と福島県と遠く離れてしまったが、インターネットの世界を介してオンラインで結ばれていることを思うと妙にうれしくなる。
Kは学生時代からのバードウォッチング派。当時は「探鳥会」というサークルで中心的に活動していた。

> 『子供の総合学習の依頼が増えている。半分「仕事」半分「趣味」で楽しい。』

うーん、アイツもバードウォッチングで相変わらず野山を飛び回っているんだなあ。
オレも負けてはいられない。
と、肩肘張ってみても仕方がないけど・・・。

でも、久しぶりに会いたいなあ。

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2004.01.03

日だまりの山

写真:笹尾根から里に下りる途中にて

久しぶりに笹尾根を歩く。

藤野駅を降り、バスで沢井川沿いにさかのぼる。
鎌沢入口で下車。茶畑がひろがる山間の道をゆるやかに登りつめると登里(とうり)の集落に着く。
登里は山間の美しい集落。日本の原風景がここにあった。

登里を過ぎると山道になり、いつの間にか尾根筋を行くようになる。
左手には真っ白い富士がお供をしてくれる。
やがて石楯尾神社からの道を合してひと登りで三国山。

三国山は文字どおり甲斐、武蔵、相模の国境の山。展望は申し分ない。
ここを訪れるのは20年以上ぶりだと思う。
前回訪れたときも今回と同じように好天だった。

雲一つない晴天の下、おだやかな雑木林の尾根道をたどるのは気持ちがいい。
笹尾根の道すがら出会った登山者は一人だけ。

山っていいなあ。
アイゼンを軋ませながらリスクを背負って登る山も、風雪におびえながら登る山も、今回のようにゆるやかな尾根道を独りたどる山も、みんないい。

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2004.01.01

新年に思う

写真:丹沢・塔ノ岳山頂からの初日の出

明けましておめでとうございます。
今年こそ、世界中で平和・平穏の息吹がしっかりと伝わってくるような年にしたいですね。

昨年はご存じのとおりイラク戦争や「終結」後のテロ問題、それらをテコにしたとしか思えない自衛隊の海外派兵、さらには年末のイラン大地震など血なまぐさい記事に埋もれた一年でした。
よーく考えてみるとどうしても理にかなわない一年だったと思います。
「2003年が歴史のターニングポイントだった」なんて、後世の人たちから悪い指摘を受けないことを切に祈るばかりです。

本年も昨年の延長線上にダラダラと歯止めなく続いていくのかと思うと、不気味な感じと己の不甲斐なさとがないまぜになったいやーな感じがします。
元旦に意表を突いた首相の靖国参拝など、政治の舞台は年初から不安含みのスタートなのが本当に怖い。

さて、暗い話はこのへんでおしまいにしましょう。(^^;
新年早々、初日の出を拝みに丹沢・塔ノ岳に登ってきました。
山頂の山小屋に泊まるのはじつに35年ぶりです。昔はほんとに素朴な山小屋でした。飯盒に一合のお米を持参すると山小屋の主人がそれを炊きあげてくれたっけ。本当に美味しかったなあ。

今回久しぶりに泊まったら、某大手旅行会社のツアーと同宿。初日の出と深田百名山(丹沢山)Getの一石二鳥を狙った効率いい山行のようでした。
彼ら(彼女ら)の会話がじつに面白かった。「あのー、小屋にはテレビないんですか?今夜は大晦日なんで見たい歌番組あるんですが。」
こっちは紅白を見たくないばかりに山にきてるのに不思議なこと言うよなー、って感心しました。(^^;

ま、いろいろありますが、平和だからこそ山にも行けるし紅白もK-1も見られます。
でも、この国だけが平和でいいのかっていうと。
やっぱまずいですよね。

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